ほとんどの妊婦が体験するつわりの種類について

つわりと言えば、なんとなくマンガなどで吐き気がして妊娠が分かったと言った場面がよくあるため、自分が妊娠を経験するまではつわりとは吐き気がするもの・吐くものなのだと認識していました。

しかし、実際に妊娠してみると妊娠前には起こらなかったようないろいろな不調に悩まされました。

最初はつわりとは吐くものという認識でしたが、ネットなどで調べる内、つわりにもいろいろな

種類があり、人によって差があることが分かりました。

例えば私の場合は、空腹になると気持ち悪くなる食べつわりやなぜかどれだけでも寝れる眠りつわり

などの症状が現れ、怠くて体は動かないわ・ものすごい空腹に襲われて夜中に起きてしまうわで

とてもつらい思いをしました。

しかも、食べつわりでも何でも食べれるわけではなく、パンやポテトなどあまり体に良くないもの

ばかりがおいしく感じ、食べられるものも限られてしまいました。

その他、寒気やほてりなどの症状もあってとても大変でした。

仕事も休みがちになり、家事も満足にできなかった為、仕事で疲れた夫に家事をしてもらったり

と迷惑をかけることが多々ありました。

この経験で、わたしはつわりは1つだけではなく、人によっては複数のつわりが襲いかかる場合が

あることを知りました。

また、私が体験したつわり以外にも、吐きつわりやよだれつわりなどのつわりもあるようです。

特に重症化しやすいのはやはり吐きつわりで、食べられるものもほとんどないような状態になる人が

多々みえるようですし、場合によっては飲み物すら受け付けず脱水症状で入院になる場合も

あるようです。

重症化したものを放置すると母子ともに危険になるため、我慢しすぎも良くないと思います。

しかし、中にはつわりが全くなく楽だったという方もみえますし、1人目がつわりが軽かった方でも

2人目では重症化したりする場合もあります。

その時その時で症状も程度も違ってくる為、不安になるかもしれませんが、赤ちゃんが頑張って

育っているのだと考え、頑張るしかありません。

ただ、病院に行けばその症状を緩和する点滴などを受けられることもあるため、相談をすることが

大事だと思いますし、何なら食べれるかなどを頑張って探し、少しでも飲み物や食べ物を摂取する

よう努力する必要があると思います。

また、つわりというものは、男性が理解するのは難しいかと思いますが、吐きつわりはネットで

「二日酔いの状態でまた飲まされる」ような状態だと書かれていました。

そのように例えて少しでも理解してもらえると妊婦さんはストレスなく休むことが出来ると思います。

働きながら2人目妊娠は1人目より大変だった

正社員フルタイムで働きながら、2人目を妊娠しました。

一般的には2人目の方がつわりは軽いとか、上の子と性別が違うとつわりがひどくなるとか言われたりしますが、私の場合は1人目も2人目も男の子でしたが2人目のつわりはとても長くキツかったです。

妊娠初期から8ヶ月頃まで口の中が常に気持ち悪く、食べても食べなくても気持ち悪い、気分が優れない状態が続きました。

また1人目の子どもを自転車で保育園まで送り迎えしていたため、日に日に大きくなるお腹の子は無視というか後回しにせざるを得ない状態でした。そのせいかお腹の張りも頻繁に感じました。

電車で会社へ通勤しなければならなかったのですが、1人目の時は自分が少し早起きして座れる電車を選ぶ事も出来ましたが、2人目の場合は1人目を保育園に送ってからしか電車に乗れないため、常に満員電車で立っての通勤となり、つわりが長引いたのもあってとてもイライラしました。

電車通勤ではマタニティマークがあっても優先席の前にいても朝は誰も気づかないし譲ってくれないので毎日通勤出来た事が奇跡だと思っています。

2人目妊娠は平日会社勤めだけでなく、休みの日もゆっくり出来ないというのが難点です。1人目は外遊びがしたい盛り、付き合わない訳にはいきません。

動けないほどのつわりではなかったものの、横になれるのは1人目の子がお昼寝している時だけ。

その時間も晩ご飯やたまった家事をしたいがために寝られず仕舞いの日々。そうしてストレス解消は大好きなスイーツを食べる事だけだったのですが、今度は体重増加の指導が入ってしまうのでそれもなかなか出来ず苦労しました。

妊婦検診のために有給を取り、それによって仕事がうまく進まない事もありました。

そんな時に限って1人目の子が病気になって看病で更に休み、看病しながらも1人目の子の風邪がうつらないように自分も気をつけていなければならなかったので大変だったなと感じました。

妊娠した時から色々ありましたが、妊婦生活にもつらいながら慣れてきた妊娠後期に入り、産前休業まであと1ヶ月というタイミングでまさかの切迫早産の危機。

背に腹はかえられないと思い、会社へは時差出勤を申し入れてなるべく2人目に負担がかからないように座れる電車を利用したり、送り迎えを家族協力して回したりと工夫して乗り切りました。

結果的に薬の効果もあっては切迫早産にはならず、予定日近くまでお腹の中にいてくれたのは本当に良かったと思います。

2人目の妊娠だったのでつわりは軽いだろう、などと油断していましたが、2人目妊娠以降の方が様々な事で母体と赤ちゃん優先には出来ず、苦労するのだと身を持って体験しました。

お腹の中で小さな命を育てた十月十日。命の大切さ

 

私は長女を妊娠したとき初期症状はほとんどなく仕事も普通にできていました。

でも、毎月きちんときていた生理がこなくて、ストレスかなと思っていました。

現に社会人になりたての時にストレスで1ヶ月近く来なかったのでまたかなと思っていました。

でもなかなか来なくて次第に気持ち悪くなったり、頻尿になったりと妊娠初期の症状が出てきました。当時の彼氏、今の旦那ですけどと一緒に妊娠検査薬を試してみました。

結果は陽性。

まだ結婚はしていなかったですがもともと結婚するけどもう少しあとでという話をしていたときでした。

順番は違うけど折角できた小さな命、私も主人も喜びました。そこからが大変でした。

仕事の合間に妊婦健診に行ったり、母子手帳をもらいに行ったり、私は上司に話しました。結局は、仕事柄事務に回ることもできない仕事なので辞めてそこから専業主婦です。

妊婦健診では体重を増やしてはいけないと言われました。

私が行ってた産婦人科はそこまで体重管理に厳しいわけではないし、怒られるわけではないですが気をつけなよぐらいな簡単に言われる程度です。

でも、10キロ未満がいいそうですが、あっという間に10キロ越してしまいました。

今思えば、食べづわりだったのかなと思うくらい食べていました。

食べづわり、眠りづわりもあって四六時中眠たかったです。幸い1人目だったので寝たい時に寝ていました。

妊娠期間中は産まれてから絶対にできないことをしていました。運動がてらDVDを借りに歩いていました。

お腹もだんだん大きくなって最終的に体重は12キロ増えました。たくさん歩いて、家事もしてるのに陣痛もおしるしも張りすらこなかったです。

健診に行くたびにまだ産まれそうにもないよと言われてました。

生産期に入っても子宮口も全く開かず内診しても0センチのままでした。子供の大きさは普通なのにまだまだ上にいると言われました。

先生から言われたのは吸引分娩になるかもしれないと言われました。

そして、予定日に診察がありました。

まだまだだし、2日間様子をみて陣痛が来なかったら入院しましょうと言われました。

結局、2日間何もなくおしるしすらなかったので入院して子宮口を広げるラグナミアを入れました。

そしたら、それにより誘発されて朝に娘が産まれました。

約3キロの子をお腹に宿していたことで私は小さな命の大切さを知りました。

十月十日、ママのお腹にいてくれてありがとう。と思いました。

妊娠中は実は暇なことがいちばんつらかった

第一子の妊娠がわかったのは、結婚後も共働きでバリバリ働いていたのですが、ちょっと考えるところがあって職種を変えたいと会社側に相談をしていた年明けのころでした。

会社側は職種の変更に難色を示しており、そのタイミングでの妊娠だったので、結局仕事を辞める選択をしました。

また、当時は賃貸マンションに住んでいましたが、子どもが産まれるならと、郊外の一戸建ての購入もすることになり、内見や手続きなどが重なりました。

妊娠初期で体調も良くない中、退職の手続きと住宅のことなどでめまぐるしく毎日が過ぎていきました。

つわりも結構ひどかったので、春ごろは本当にしんどい日が続きました。

それが、引っ越しをしてつわりも落ち着いた5月頃以降、突如何もすることがなくなりました。

しばらく仕事をする生活を続けていたのが突然何もなくなり、引っ越しも落ち着いてしまうと出産までのおよそ半年弱、何もすることがありませんでした。

その暇さ加減の辛いこと辛いこと。

主人は仕事が忙しく、夜も遅いし休みもほとんどありません。

引っ越したばかりで近くに友達もいなくて、3日に1回くらいスーパーを往復するだけの毎日でした。

ありがたいことに妊娠中の体のトラブルはほとんどなかったので、安定期に入ってからは体は動かせるけどすることがないという状態に。

あまりにもすることがなくて、ただひたすらクロスワードパズルをしたり、マンガを読んだり、テレビを見る日々が続きました。

今思うと、もったいない時間の過ごしかたですよね。

さすがに妊婦ひとりで旅行などはハードルが高いですが、資格の勉強をしたり、日帰りでももっと出かけたりすればよかったなと思います。

妊娠後期に入っても相変わらず体調はよく、元気なのにすることがない状態が続きました。

それでもお腹は大きくなっているので動くことが億劫で、しかも夏だったので外に出ると暑いのでほぼ家の中に引きこもっていました。

自分の実家は日帰りできる距離なので、お盆休みには主人の実家に帰省しました。

でも大きな予定はそれくらいでした。

そうこうしているうちに臨月に入り、出産予定日が近づいてきました。

毎日毎日「いつくるか?」と思いながら過ごしていましたが、特になんの前兆もなく、あっという間に予定日が過ぎました。

予定日3日を過ぎた日の夕方ごろに陣痛が来て、そのまま夜中頃入院、次の日の夕方までかかっての出産となりました。

出産はいろいろあって大変だったのですがここでは割愛しますが、妊娠中に関しては何もトラブルがなく、本当にありがたいことですが平和な時間を過ごすことができました。

とにかく辛かったのは暇なことだったと思います。

いろいろあったけど、子供2人出産しました!

私は生まれつき丈夫な身体、健康体なので、安産だと思っていました。

それまで、入院するような大きな病気もしたことがありませんでした。

しかし、最初の妊娠は胎児が育たず、心拍の確認ができないまま流産してしまいました。

半年後、二度目の妊娠はとても嬉しかったです。葉酸サプリを飲んで、妊娠中は慎重に過ごしました。

食べすぎに気を付け、週末は2時間ほどの散歩などの運動を心がけ、体重増加は最終的に10kgぐらいに押さえました。

妊娠後期は貧血と診断されたので、鉄分の薬を飲み、ほうれん草やひじき等、鉄分の多い物を食べるようにしました。

臨月に入り、いよいよと思いましたが、なかなか陣痛が始まらず、とうとう出産予定日(妊娠40週目)になってしまいました。

初産は遅れ気味になると聞いていましたが、1週間ごとだった妊婦検診が2~3日おきになり、妊娠41週目に入院することになりました。

入院したら、飲み薬と点滴で陣痛促進剤の投与が始まりました。すぐに効果が表れ、陣痛が始まるのかと思いましたが、全然でした。

主人からは「どう?」と頻繁にメールが来るし、母は「まだ?」としょっちゅう病院に現れて、すごくストレスに感じました。

翌日は日曜なので、陣痛促進剤の投与は休みにするけど、退院はできませんと助産師さんに言われ、点滴の針がはずされました。

そしたら翌朝、破水して、6時間後から陣痛が始まり、やっと来たと喜びました。

しかし、翌日になっても陣痛の間隔が縮まらず、10分おきぐらいが続き、寝不足で体力の限界と思っていたら、胎児の心拍が落ちてきて、緊急帝王切開になりました。

結局、妊娠42週目の出産となり、赤ちゃんは3860gありましたが、念のため、数日の間、保育器に入って、心拍の確認をしてもらいました。

私もまあ無事でしたが、出産後は下半身麻酔が半日抜けず、寝返りは打てないし、ベッド脇にある電話やリモコンを取ることもできませんでした。

後日、帝王切開について調べたら、5人に1人の割合と知り、結構多い確率と思いました。

陣痛があった2日間は食べても吐いてしまい、全然食べていなかったので、退院時には10kg増だった体重はすっかり元に戻っていました。

その後、2人目も妊娠し、普通分娩にチャレンジできる病院もありましたが、私の病院は傷口が開く心配があるから帝王切開を推奨していました。

私もやむを得ないとあきらめました。

帝王切開は普通分娩より入院期間が長く、私の入院中、上の子を実家に預けることを検討しました。

しかし、主人が手術日(出産日)が決まった時点で育児休暇を取ってくれたので、主人が上の子を預かってくれました。

妊婦生活を経て、赤ちゃんに会えるまでの道のり

私は、現在4歳になる、娘の母です。

結婚から6か月後に待望の赤ちゃん。、授かりました。

初めてのことでしたので、最初は、妊娠に気づかずに、お正月だったこともあり、お酒を飲んだり、ちょっと熱っぽく、風邪の症状も出ていたので、風邪薬まで服用してしまいました。

その後、年も明けたので、主人と初詣に行こうということになり、伊勢神宮までの道のりを車で3時間かけて、走っている中、私は夜中だったこともあり、眠ってしまいました。

そして、そのときに見た初夢が、お腹に赤ちゃんを授かった夢だったんです。

私は、すぐにそれを主人に話ました。これが、正夢だったら、すごいね、嬉しいね、と言いながら、伊勢神宮で、どうか授かっていますように…。と夫婦でお願いをして帰ってきました。

何故か、初夢がすごく気になった私は、翌日に、ドラッグストアに向かい、妊娠検査薬を購入し、早速家に帰って検査をしてみました。

すると、うっすらと、陽性反応が出たのです??もうびっくりして、トイレでしばらく手が震えてしまって、止まらなかったのを、よく覚えています。

それから、すぐに、産婦人科に行き見てもらった所、まだ4週で、本当に小さな小さな袋が見えただけでしたが、ちゃんと、子宮に着床してくれていたのが分かり、すぐに、主人に電話で報告をして大変喜びました。

それからの、生活は、つわりが始まり、2か月ほどは、何をしても気持ちが悪く、トイレと仲良し生活が始まりました。

しかし、5か月の安定期に入ると、すっかり体調もよくなり、気分も良く、過ごすことができました。

だんだんとお腹が大きくなり、腰に負担がかかり、腰痛に悩まされたり、体重が増えて、足の裏がものすごく痛くなったりと、身体に変化が現れてきました。主人に毎晩マッサージをしてもらったりと、サポートしてもらいました。

8か月くらいから、少しずつ、子宮頸管が短くなっていき、2センチをきってしまったので、自宅で絶対安静を言われました。

お風呂と、食事以外は動かないようにして、早産にならないように、気をつけて生活していました。

安静のおかげで、なんとか臨月を迎えることができて、予定日より、10日早く、陣痛から6時間のスピード出産になりましたが、無事に元気な赤ちゃんを生むことがでしました。

生まれた赤ちゃんは、すぐにオッパイを吸い始め、私は、それに驚きました。誰も教えていないので、人間の本能ってすごいな。と思いました。

出産は奇跡です。生まれてきてくれた娘が愛おしくてだりません。

初めての出産で、悪阻で悪戦苦闘した体験。

私が妊娠をしていた時はとても悪阻に悩まされた10ヶ月でありました。

妊娠に気づいていないころは風邪なのかな?程度にしか思っていなかったですし、ただの食欲不振だと思っていたのですが、妊娠に気づいた妊娠5週からは本格的に嘔吐や臭いでの悪阻が酷くなっていきました。

外に出ることもできなかったり、買い物はもちろん近くの家から香ってくる臭いですら受け付けませんでした。

また旦那の臭いもだめで常にマスク生活でした。

ほとんど水しか摂取してなかったのですが産婦人科では元気な赤ちゃんの心拍が確認できて安心できていました。

妊娠初期は本当に辛くて、常に悪阻のことを1番に考えていましたし元の体重よりも9キロ近く減っていました。

私はもともとぽっちゃりしていて55キロくらいあったので体重が減ったことに関しては産婦人科でも特に危ないことは言われず、逆に太っていると難産になってしまうので丁度いいよとも言われていました。

安定期に入ってからは悪阻が多少落ち着いたものの吐き悪阻は変わらず。

お腹が圧迫されたり張ることで新しい発見があったり、新たにどんどん症状が出てくることに驚いている自分がいました。

この時期には胎動も感じられるようになり母親としての自覚が産まれてきたと同時に不安な気持ちも増えていきました。

私が母親になって大丈夫なのだろうか?や、本当にきちんと育てられるのか?といった不安が多かったです。

産婦人科でやっていた母親学級などに通って同じママさんたちと相談したり話をすることで少し気持ちも楽になったり、この時期は妊娠している中で一番体が楽な時期だったので自分の好きなヨガをしたりして気を紛らわせるようにしていました。

妊娠後期に関しては、想像以上にお腹が大きくなり、胃などが圧迫されることで妊娠初期とは違う吐き気が出てきました。

逆流してくるような感じだったのですがずっと胸やけしているような感じで常に気持ち悪かったです。

また多少歩いているだけで息が切れますし私は妊娠初期よりも体が思い通りに行かず辛かったです。

出産は予定日通りにしっかりと子宮も開き、予定日の翌日に出産することができました。

陣痛からの5時間での出産で2900gの女の子でした。

安心して出産できたのには旦那のサポートはもちろんなのですがいい産婦人科に恵まれたのも良かった点であったと思います。

しっかりとお母さんの相談に乗ってくれますし気遣ってくれる産婦人科だったからこそ初産でも安心して出産できました。

初めての出産は不安かと思いますが、しっかりと自分に寄り添ってくれる産婦人科を探すことが大事になってきますよ。

お腹が張ったら、無理をせず休憩をすること

妊娠中は、分からないことだらけですし、自分では大丈夫だと思っていても大丈夫ではないことも多いです。

自身の経験から言えることなのですが、私も無理をしすぎていたのかもしれません。

妊娠5ヶ月に入り、つわりも段々治まって来て、ようやくスッキリ、楽しいマタニティーライフが送れるかなと思っていた矢先でした。

安定期に入ったので、戌の日のお参りも行き、数日後には義弟の結婚式も控えていました。

するとある日、突然の出血。

びっくりして産院で診てもらいましたが、大したことないとのことで、お腹が張りやすいかもしれないから、張り止めの薬を出しておくねと言うことでした。

大阪まで結婚式で行くと伝えたところ、無理をしなければ大丈夫と言ってもらえたので、出席しました。

張り止めの薬を飲みながらの出席でした。

結婚式は無事に終わり、当日と次の日は義妹家族と一緒に大阪を観光してから帰るということになっていました。

そこで、私はちょっと無理をしすぎてしまったのだと思います。

義妹家族もいるからと思って、私だけ楽をしてはいけないという気持ちから少々無理をしました。

大きな荷物を持って歩いたり、お腹が張っているのが分かっても休憩せずに歩いたり。

結構な距離を歩きました。

今考えるとこれがいけなかったのかなと思います。

自分では無理をしているつもりはなく、お腹が張っていても動けるので大丈夫だと思っていましたが、そういうときは、お腹の張りが治まるまでゆっくりと休むことが大事なのです。

妊娠は病気ではないので、動けると思ってしまいますが、ダメだのです。

1人の身体ではありません。

無理は禁物です。

私はこの数日後、再度出血をして入院することになりました。

お腹の張りが気になると言われ、張りを抑える点滴をして過ごしました。

3日間くらいの入院で無事に退院出来てほっとしたのも束の間。

またすぐに出血をして入院。

どうしてもお腹が張ってしまいます。

安静にしていても張るので、また入院になりました。

自分的にはどんだけ動いても気にならなかったのですが、お腹の赤ちゃんのため、張りを抑えるために安静にして過ごしました。

動けるのに動けない。

辛い入院でした。

けれど、妊娠中の無理は本当に禁物です。

入院中はさすがにおとなしくしていましたが、それでもお腹の張りは治まらず、結局3ヶ月間もの間入院することになりました。

あの時無理をしていなければ大丈夫だったのだろうか?

などと思うことはたくさんありますが、妊娠中は本当に身体を大事にしないといけないなと痛感しました。